第81回 仙人にはなれないが……

恩師いわく。「自然から生きる糧を頂戴しながら、自然のじゃまをしないようにひっそりと生きることこそが最終章のシナリオ」だと。

私事で恐縮だが、高校時代の恩師に仙人になった人がいる。

正確には、仙人のような生活に入った人がいる、だ。

晴耕雨読、これが長年の夢であり念願だったということで、鳥獣虫魚と戯れる歳月をもう20年近く送っている。

定年退職後、山の中腹に小さな畑をつくり、手間が掛かる無農薬野菜づくりにいそしんでいるのだ。

日照りにやられ、モグラに荒らされ、害虫や雑草との闘いは果てしなく続くが、無農薬のポリシーは頑として曲げずにいる。

「安全な食の確保もさることながら、新鮮な野菜本来の風味を味わえるのがいい」と彼は言う。

「農薬や調味料に頼ると、いつしか最も大切なものを損なってしまうことにもなりかねない」とも。

彼が無農薬野菜づくりに至ったその原点は、1974年10月14日から1975年6月30日まで『朝日新聞』に連載された有吉佐和子の長編小説『複合汚染』から受けた衝撃である。

その10年ほど前、1962年にレイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』が出版され、社会に非常に大きなセンセーショナルを巻き起こした。

これまでの化学物質の安全性に関する考え方を根本的に覆すものだったし、現在に至る環境保護運動の原点となった問い掛けであり警告であった。

当初は多くの人がその主張に反発し、批判をあびせた。

だが、結果的に後にアメリカの、そして他の国々の農業政策を大きく変えるほどの影響を与えることになったのである。

『沈黙の春』も『複合汚染』も読者を震撼させ、人々の意識を劇的に変え、法律や政策を変える力になった。

たとえ一個人のポリシーでも、たとえ小さな行動でも、大きなうねりにつながれば社会を動かす力になるかもしれないと思うと勇気が湧いてくる。

私たちの暮らしは環境と深く結び付いている。

食物連鎖のバランスが崩れれば、それぞれの生命は脅かされる

自然が破壊されれば、私たち人類も生き延びることはできない。

地球という同じ星で生きる運命共同体なのだ。

さて恩師だが、自然から生きる糧を頂戴しながら自然のじゃまをしないようにひっそりと生きる、それが最終章のシナリオなのだそうだが、「全てはうまい酒を飲むため」と語ったところを見ると、霞を食べて生きる境地にまでは至っていないようだ。

それはそうだろう。

自分でつくった最も信頼できるうまい野菜を食べて、うまい酒を飲む、考えてみればこれほど人間くさい贅沢はないのだから。