第27回 “花咲かじいさん”は誰?

日本人が最も好きな季節は「春」だという。
寒さに耐えた後の芽吹きの季節はまさに希望だ。

そして、春といえば「桜」。
桜前線は東北を北上中で、北海道上陸ももうすぐだ。
「桜前線」――全国で最も多いソメイヨシノの開花予想日を結んだ線が天気図の前線の動きによく似ていることから、この名がある。
南北に長い日本列島を、桜前線は沖縄から北海道までおよそ5カ月にわたって縦断する。
「追っ掛け」をすれば、5カ月桜が楽しめるわけだ。
日本の山野には自生している桜が変種を合わせて100以上ある。
そして、これからつくられた園芸品種は200以上もあるという。

日本人は古くから桜に特別な思いを持ってきた。
美しさを愛で、はかなさをいとおしみ、人生を重ねたり、無常観と結び付けたり。
今でも桜前線に心がはずむのは、そんなDNAがうずくからだろうか。

その昔、桜は「神が宿る神聖なる木」とされていた。
当時の桜は自生する山桜だ。
冬の間は深山に住んでいた田の神が、田植えの時期になると降りてきて桜の木に宿る。
人々は桜の花が咲き始めると、田の神様が降りて来たから田植えの時期がきたと考え、これを「田植え桜」「種まき桜」と呼んだ。
もちろん山の神が現れて「さあ、田植えを始めなさい」と言ったわけではない。
人々は自然の巡りや季節の移り変わりをよく知っていたのだ。
これがこうなったら、こうなる。そうすると、こうなる。そして次にこうなっていくということが、先人の知恵や経験からよく分かっていた。

自然もすごいが、自然から学んだ人間もすごかった。
そういうことが分からなくなると、自然の摂理を狂わせていることにも気付けない。
人間にとって都合良く変える技術を生み出すことに知恵を絞るあまり、気が付いてみると現代社会が抱える問題はとてつもない難題へと膨れ上がっていた。
自然が相手であることを見失うと、痛い目に遭うものだ。

桜といえば、城跡や公園、学校や道路沿い枝いっぱいに見事な花を咲かせるソメイヨシノがおなじみだが、これは園芸用に掛け合わされたもので、接ぎ木が簡単で成長も早い。
つまりはクローンというわけだ。

一方で、芽吹きが始まった山の中に1本だけ、あるいは所々に白や薄ピンクが混じっているのは山桜で、こちらはまさに原始の美しさだ。

それにしても、あんな奥深い山のてっぺんまで咲かせた“花咲かじいさん”の正体は誰だろうか。
クマやタヌキは桜の実を食べては移動し、糞をしてはまた食べ、そしてまた移動する。
糞の中に残った種子はやがてたくましく芽を吹き、桜の木に成長する。
そして鳥たちも、もちろん他の野生動物も、みんな花咲じいさん役となってきた。
野生の動物や鳥たちの営みが枯れ木に花を咲かせる。
こんな話が見えなくなるような世の中にしてはいけないと、つくづく思う。