大根に「す」が入ってきたら、おっ、春の準備を始めたなと思う。
冬の間に蓄えた栄養分を使って花を咲かせる準備だ。
ホウレン草にとうが立ってきたら、ああ、最盛期を過ぎたのだなと思う。
命をつなぎ、次世代へと渡す準備だ。
盛りを過ぎると「とうが立つ」と言うが、野菜にとっては最も成熟し充実している時期なのだ。
「とう」は「薹」と書く。先端に花を咲かせる茎のことを言う。
「フキノトウ」は「蕗の薹」と書く。葉が茂る頃には茎がぐんと伸びて花を咲かせる。
冬を越した野菜たちは「薹(とう)」を伸ばして花を咲かせ、種をつくって子孫を残し、枯れていく。
そして、次の夏野菜が出そろうまでの間は「端境期」となる。
かつては、「とう」が立って硬くなったホウレン草はおいしくなくなったと避けていたし、「す」の入ったダイコンに当たるとがっかりしたものだ。
だが、有機野菜を定期的に宅配してもらうようになってから、「とう」や「す」が季節の移り変わりを教えてくれていることに気が付いた。
旬でないものは届かないからだ。
とうが立っていたり、すが入っていたり、刻々と変化していく野菜の品ぞろえを手に取って、そして食べてみて、そうか、もう○○の時期も終わるのか、ああ、これから△△の季節になるんだなあとリアルに実感する。
世の中で何が起こっていようと、季節は巡るのである。
野菜たちは自分の命を全うし、次の世代を残すというサイクルをブレることなく当たり前に繰り返す。
来るべき時に備えて一生懸命にエネルギーや栄養素を蓄え準備万端という時なのだから、旬と呼ばれるその時期が一番力強く、おいしいのは当然だろう。
単純に「おいしい」「おいしくない」という勝手な物差しで見ていたのが、いつの間にか、けなげで愛おしいものを見る目に変わった。
食べる人間側の都合ではなく、野菜たちの側から命のサイクルを考える。
年中同じ野菜が並んでいるのが当たり前だと思っていた頃には持ち得なかった感覚である。
