第37回 「ナス」に学ぶ

代表的な夏野菜であるナスは、世界で1,000以上もの品種があるという。

日本で昔から食べられてきたのは紫紺色のナス。この皮の色はナスニンという成分によるもので、アントシアニンという天然色素の仲間だ。ポリフェノールの一種で、強い抗酸化作用がある。

紫外線が有害なのは植物にとっても同じで、ナスは紫外線を浴びるとアントシアニンをつくり出してその侵入を防ぎ、自らの細胞を守る。

つまり、果実を守るためにこの紫紺色の皮を鎧にしているのだ。

ナスの偉さは他にもある。

ナスの花は長花柱花といって、雌しべの花柱が雄しべよりも長い構造になっている。

そして、ナスの花は下向きに咲く。

自分の雄しべの花粉で雌しべが受粉する自殖性の植物であるナスは、下向きに花が咲くことで雌しべの先端に効率よく花粉が付くようになっている。

この構造によって、ナスの花は必ず実がなり、無駄になる花はない。

「親の意見と茄子の花は千に一つも仇(無駄)はない」ということわざが生まれたゆえんだ。

植物は自分で移動して環境を変えることができない。

根付いた所がついのすみかとなる。一度根を張ったらそこで生き抜くしかない。

無事に子孫を残すまでには幾多の苦難が待ち受けている。

光合成のために必須である日光も、紫外線によるダメージと背中合わせだし、虫による食害も死活問題だ。

だから植物たちはさまざまな防衛の武器を身に付けている。

色やにおい、トゲやネバネバ、虫にとっては苦くて消化吸収しにくいポリフェノールをまとうのも植物が獲得した戦略の一つだ。

風や虫や鳥たちに手助けしてもらうための構造や手段もある。

来てほしい虫や鳥が好む色やにおい、あるいは、寄ってきてほしくない虫や鳥が嫌う色やにおいを放ったり、トゲをまとったり、辛みや苦みの成分を持ったりと、その知恵には感心するばかりだ。

受粉し、次の世代につなげる。

そのために、媒介者を歓迎し、大いに活用する。

反対に、迷惑な存在には「私に近寄らないでいただきたい」と警告を発するのである。

人間はといえば、迷惑なものは害虫として、「殺虫」という手段で排除してきた。

化学農薬、殺虫剤がつくられた。自分たちの都合に合わせた品種改良もせっせと行ってきた。

トゲがじゃまだとなれば、トゲのないものに改良。

苦みがきつければ、やわらぐように改良。

種が食べる時に邪魔だとなれば、種無しに改良。

そして、遺伝子の組み換えまで進んだ。

食を取り巻くさまざまな問題を考える時、生きものたちの節度ある美しい均衡と共存を台無しにしたのは、人間至上主義に陥った愚かな私たちであったのだとつくづく思う。

植物たちが自然に身に付けている生存戦略をそのまま尊重し、享受する、そんな時代がいかに平和であったことか。

ナスは秋にまた特別おいしくなる。なんとも偉い野菜だ。