第3回「春の皿には苦みを盛れ」

昔の人は良いことを言う。春の皿には苦みを盛れ――「苦み」の代表は山菜だ。

私たちの体は代謝が衰える冬の間にたくさんの老廃物や脂肪をため込んでいる。春になると、体はそれを一気に外へ出そうとする。鼻炎や喘息などのアレルギー、頭痛や不眠、吹き出物などなど、何となく不調を感じる季節なのだ。体を春仕様に変える準備が必要になるが、これを助けるのが山菜など苦みのある春の恵みたち。

フキノトウやワラビやゼンマイ、聞いただけで口の中が苦くなってくるが、この独特の苦みやえぐみの成分は、腎臓のろ過機能を高め新陳代謝を促す働きがある植物性アルカロイド や、抗酸化作用を持つポリフェノール類。これが体の中をきれいにしてくれるのだ。

実践者がいる。冬眠から目覚めたクマは、まず山菜の中で一番早く芽吹くフキノトウを探して食べるという。冬眠中、排泄できず体内にたまった毒素を、“苦み”を食べて出し、しっかり体の調子を整えるわけだ。

普段私たちが食べている米や野菜は田んぼや畑で栽培されたものだし、肉は牧草地や人間が用意した場所で飼育されたもので、人間にとって食べやいように作られている。

その点、自生山菜は野生の世界で生きているだけあって、なかなか手ごわい。簡単に食べられてしまっては種が絶滅してしまうので、苦みやえぐみ、トゲや自然毒など、天敵から身を守るためにさまざまな武器を備えている。

貪欲な人間はそれでもひるまずに、熱湯でゆがいたりアク抜きしたりとあれこれ工夫して食べてきた。それが知恵として後世に伝えられているわけだが、ひどい目に遭った人もきっとたくさんいたに違いない。

例えばミヤマイラクサ。漢字で書くと深山刺草で、その名のとおり、葉も茎も細くて毛のように見える鋭いトゲに覆われた山菜だ。東北地方ではアイコと呼ばれる。「アイ」はアイヌ語でトゲを意味し、それに愛称の「コ」が付いたという説がある。クセがなくてとてもおいしいのだが、ヒスタミンという物質を含むトゲ、というか、毒針に覆われているので、うっかり素手で触ると猛烈に痛痒く、ひどく腫れてしまうこともある。

しかし、ここで言いたいのはミヤマイラクサのことではない。驚くことに、すぐ近くに自生しているものすごい“ソックリさん”がいるのだ。こちらはトゲがなくてつるつる。ミヤマイラクサになりすまし、その威を借りて身を守っているとしか思えない。「わたくしもお隣同様、触ったら痛い目に遭うわよ」と聞こえてきそうだ。なぜそこがミヤマイラクサの隣だと分かるのか。植物にも目や脳があるのではないかと思ってしまう。

もちろんこれは妄想で、調べているうちに同じような疑問を持った人がいることを知ってうれしくなったものの、植物と植物の間で擬態なんていう話はないようだ。

ミヤマイラクサとそのソックリさんは、ただ単に同じような所に自生しているだけだろう。いや、しかし、何か深い事情があってもおかしくない。何しろ自然界はどこまでも神秘なのだから。

ところで山菜だが、もともとそこに自生しているとなると、どんな場所なのか、近くで散布された農薬の影響はないのかなどと気になってくるが、自生の山菜もちゃんと有機農産物の対象になっていて、「有機」や「オーガニック」マークによる「これは大丈夫」のお墨付きがある。

さあ、すっきり整えて、いざ始動!

(参考)
栄養検定 春野菜に含まれるデトックス成分に要注意
一般社団法人植物生理学会 みんなのひろば 植物Q&A植物は見えているのでしょうか。