第69回 一年のパワーは餅から

2006年がスタートした。
今年は「午年(うま年)」である。きっと何事もウマくいくぞと、今のところは勢いもよく楽観的なムードである。

時代が大きく変わっていくのを日々実感するが、それでも昔ながらの風習は暮らしの中にまだ生きている。
最たるものが正月であろう。
皆さんはどのようなお正月をお過ごしだろうか。
仕事をしている人ももちろんいるだろう。
やっとのんびり骨休め、寝正月という人もいるだろう。
あれこれ考えるのも悪くない時間だ。
多様化の時代、簡略化された部分もあるとはいえ、やはり正月には日常とは違う空気が流れる。ハレの日特有の空気だ。

正月といえば欠かせないのが「餅」ではないだろうか。
とりわけ「鏡餅」には、新年の神様の魂が宿る「依り代」という特別な意味がある。
昔は鏡といえば丸い形をした銅鏡で、三種の神器の一つでもあるように神様が宿るとされた。
それに見立てて、お供えする餅は丸い形をした「鏡餅」なのである。

餅の歴史は古く、縄文時代に稲作とともに東南アジアから伝わったとされる。
「稲には霊魂が宿る」と信じてきた日本人にとって、その米をついてできた餅は、神様のパワーがぎゅーっと凝縮された特別なもの。
そして、お正月にその餅を食べることは、「一年を生きる力」を神様から授けていただくことなのだ。

考えてみれば、日本では一年中餅を食べる機会が巡ってくる。
お正月の鏡餅に始まり、桃の節句には菱餅、端午の節句には柏餅。
彼岸には牡丹餅やおはぎ。
桜餅、よもぎ餅、ずんだ餅、亥の子餅など、四季折々を彩るさまざまな餅がある。
それどころか、現代ではデザートやスイーツとして一年中身近にあって、いつでも食べられる。
日本人は随分と餅好きなのだとあらためて気が付く。

かつては、神様のエネルギーをいただくことに意味があり、感謝して食べた。
今は、有機栽培でできたものであることに価値があり、安心・安全に感謝していただく。
なんだか妙な時代になったものだが、それでもやっぱり餅は食べたいではないか。
米のこれからが気になる新年のスタートである。