6月、梅雨の季節だなと思うと何となく鬱々とした気分になるが、初夏の風は清々しく、アジサイが雨に洗われて美しい色を見せ、梅の実が熟しと、うれしいこともたくさんある。
6月は「梅仕事」の季節だ。梅は食毒、血毒、水毒の「三毒を断つ」といわれる。今年も元気に乗り切れますようにと願いながら、梅酒や梅干しづくりといった梅仕事をして、また一年楽しむ。
そして、梅雨のこの時期においしくなるのがマイワシだ。
イワシは漢字で「鰯」、魚へんに弱いと書く。他の魚に食べられやすいのと、水からあげられるとすぐに弱ってしまうという理由からだとか。常に群れで行動し、逃げる際に一斉にウロコを落として目くらましにする。弱いなりに身を護るすべはちゃんとあるのだ。
だが、確かにカツオやマグロなどの大きな魚にどしどし食べられているし、他の魚を釣り上げるための餌にもされるし、動物園の動物たちが食べている餌でもある。そう考えると何となく不遇な感じがにじむ。
私たち人間はとても古くからイワシの恩恵にあずかってきた。縄文時代から貴重なタンパク源になっていたし、江戸時代には農作物の肥料や行灯の油にもなっていた。庶民の食卓を支えてきたし、今だって家計応援魚の代表格だ。そして「海の米」とも「海の牧草」とも呼ばれるほど海の生態系を支えている欠くことのできない存在なのだから、そのけなげさはもっと称えられてもよい気がしてくる。
日本で食べられているイワシは主にマイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシの3種類。6月から7月に旬を迎えるのがマイワシだ。産卵前で脂が乗って特別おいしくなる。
梅雨期に水揚げされるマイワシは「入梅いわし」と呼ばれる。さばくと皮下に真っ白な脂肪が層をつくっていて、氷水できゅっと身をしめて三枚おろしにしたお刺身は口の中でとろける。漁獲量日本一の銚子港ではブランドになっていて、「入梅いわしまつり」が開かれる。
「入梅いわし」は、“梅雨の水を飲む魚”とも言われる。といっても、雨水を直接飲むわけではない。梅雨の長雨で山から流れ出した栄養が海に注ぎ込み、植物プランクトンや動物プランクトンが増える。それを食べたイワシが栄養をたっぷり蓄え丸々と育つという食物連鎖のサイクルになぞらえた言葉だ。
体重100キロのマグロが生きていくためには1tのイワシが必要で、1tのイワシが生きていくためには10tの動物プランクトンが必要で、10tの動物プランクトンが生きていくためには100tの植物プランクトンが必要だという。
例えば温暖化の影響でプランクトンが減ればイワシも減る。イワシの漁獲量が減れば、大衆魚は高級魚に変わる。食物連鎖のバランスは崩れ、もっと深刻な問題へとつながる。
自然の循環を象徴する「入梅いわし」が味わえるかどうかは海の状態にかかっている。今年もおいしい“梅雨の水を飲む魚”に出会いたいものだ。
健全な循環をつくる恵みの雨を降らす季節、そう考えると梅雨もまた楽しくなってくる。
(参考)
暦生活 旬のもの「梅雨いわし」
TSURINEWS梅雨に旬を迎える魚3選 『梅雨の水を飲む』からとても美味しい?