朝、いつもの時間に目覚めると外が明るい。
夕方、いつもの時間になっても外が明るい。
そうか、いつの間にか季節は移ったのだ。
春なんだなあと思う。
だが、そんな感慨にひたってばかりもいられない。
花粉症の人にとってはつらく苦しい季節だ。
今年は観測史上最も飛散開始が早かった。
それにしても、「観測史上最も○○」というのが多くなったものだ。
国民の4割が花粉症に罹患しているというのだから、まさに“国民病”である。
たら~りと流れる鼻水、連発するくしゃみ。
くしゃみをすると鼻水が出て、その鼻をかむとムズムズしてまたくしゃみが出る、その繰り返し。
そうかと思うと、呼吸ができないほどガッツリ鼻が詰まる。
頭がぼーっとし、喉も痛いし、常に涙目。この不調が終わるのはいつだろう……。
人間の体は外から侵入してきた物質を「異物」と判断すると、抗体を作って排除しようとする。花粉を「異物」と判断して頑張っているのだから、偉いといえば偉い機能なのだ。
花粉症の原因となる植物は60種類以上もあるというが、日本では花粉症の人の7割はスギ花粉だ。
その理由は、日本はスギだらけだからである。
戦中・戦後にたくさんの木が伐採され、はげ山だらけとなった。その結果、水害や山地崩壊が発生してしまい、森林を回復させる必要からたくさん植林されたのである。
さらに、戦後の高度成長期に木材の需要が増大し、造林が進められた。
その時に選ばれたのが、植林が容易で成長の早いスギだった。
木目が真っすぐで柔らかいスギは加工がしやすいので、活用用途が広い。しかも雪にも強いということで、全国的に人工的に植えられたのである。
このスギが育つ50年の間に、世の中は変わった。
コンクリート建築が登場し、海外から安価な輸入材が入ってきた。
国産のスギの需要は減り、成長したスギはそのまま放置された。
そしてこれが、後の時代に思いもよらない悩みの種をもたらすことになったのである。
スギの木を切ってしまえば解決するかといえば、そう簡単にいかないのが悩ましいところだ。
緑の山々は二酸化炭素の吸収に一役買ってくれている。
花粉を出さない木に植え替えるとしても、すぐに大きくなってくれるわけではない。
伐採、植林、そして成長するまでにはコストも時間もかかる。
必要なものを必要な分だけ自然から頂き、感謝して利用する。
先のことを考えて、きちんと手を入れ、維持する。
かつて、人々の生活はそうして成り立っていた。
使ったあとは自然に返るものであり、自然にお返しするものであった。
それが当たり前だった。
そんなバランスが、いつからか崩れてしまった。
私たちの食生活が変わり、そして生活環境も大きく変わった。
50年前、多くの人は花粉症で季節を知るようになるとは思わなかっただろう。
「有機」「オーガニック」「SDGs」「エコ」などという言葉が飛び交う時代がくるとも思っていなかっただろう。
これらの言葉を聞く度に、その裏側にある現代社会が抱える問題は皆ぐるぐるつながっていることを思い知らされる。
スギの人工林の面積が少ないはずの都会のほうが、地方よりも花粉症患者の割合が多いという調査結果がある。
コンクリートやアスファルトの多い都会では、花粉が土に吸収されず、風で空中に何度も舞い上がる。それが大気汚染物質と一緒になってさらにアレルギーを悪化させるリスクが高くなるというのだから、たまったものではない。
花粉症は本人がつらいだけではない。労働効率の低下や医療費の増加につながるし、発症の低年齢化も進んでいて次世代に関わる問題でもある。
もはや国を挙げて対応しなければならない厄介で深刻な課題となっているのだ。
政府は、花粉の発生源となるスギの人工林を10年後に約2割減少させ、30年後には花粉の発生量の半減を目指すという方針を発表した。
ああ、一日も早くこの不快な花粉症から解放されて、皆がウキウキと春を待つようになるといいのだが。