第4回 「春」をおいしく食べる

ピカピカの新一年生から、まだスーツ姿がぎこちない新社会人たちまで、フレッシャーズがまぶしい季節。

春キャベツ、新タマネギ、新ジャガ、新ゴボウと、畑の作物たちもフレッシャーズが続々と登場する。

冬には冬のおいしいものがある。夏には夏の、秋には秋のそれぞれにおいしいものがあるが、「春」は芽吹きの季節ならではの特別な味がある。

春といえば、黄色いじゅうたんを敷き詰めたような菜の花畑が目に浮かぶ。記憶の中の原風景だ。

ところでこの菜の花だが、「菜の花」という特定の植物があるわけではない。アブラナ科アブラナ属の花の総称で、ナタネもハクサイもキャベツもブロッコリーもダイコンもカブもコマツナもミズナもチンゲンサイも、みんな同じ仲間だ。「花菜(ハナナ)」とも呼ばれる。お店に「菜花(ナバナ)」という名前で並んでいるのは、食用に品種改良された葉物野菜。つまり菜の花の種類の一つだ。観賞用と油用もあってとなんだかややこしいが、早い話がみんな同じ仲間なのだ。

そういえば、家庭菜園をやっていた頃、初めて挑戦したハクサイが結球せずにぐんぐん伸びて花が咲き、驚いたことがある。あれは紛れもなく黄色い菜の花だった。「董(とう)立ち」したのだ。エネルギーを次の世代へと譲り、古い葉は固くなる。ダイコンやカブはスカスカになる。「ス」が入るという状態。こんなふうにして新しい命へとバトンが渡される。柔らかくて、ほろ苦くて、それでいて優しい春の味がする秘密がそこにある。

手軽に手に取れるコンビニのお弁当やファストフードのお世話にばかりなっていると、そんな感覚を忘れてしまいそうになる。

一時期、コロナ禍で家で食事する機会が増え、料理に目覚めた人も多かったと聞く。育てた人、届けてくれる人、たくさんの人の手を経て手元にやってきた食材たち。こちらも丁寧に調理する。そして味わって食べる。手間をかけた分だけいとおしくて、ひときわおいしい。そんな時間が実はどれほど贅沢で豊かであることか。

時短や効率では得られないものがある。思いは循環する。そんなことに気付かせてくれたとしたら、コロナ禍から思いがけない贈り物を得たことになるかもしれない。

いろいろなことが起こり、人はそれを次々に忘れていく。それでも季節だけは忘れずに巡ると、エネルギーをいっぱい蓄えた春の息吹たちが教えてくれる。

(参考)
㈱坂ノ途中 やさいのはなし 菜の花って何の花?いろいろな冬野菜の「菜の花」
DELISH KITCHEN 菜の花の季節はいつ?旬の時期やレシピもご紹介
農林水産省 消費者の部屋 菜の花と食用にするなばな(菜花)の違いについて教えてください。