第56回 アジサイの「七変化」を観察

ジメジメして何となく憂鬱な梅雨の時期、さて、どうやって快適にすごしたものかと考える。
晴れ間を待っているだけではもったいない。
「晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す」というわけで、発想を変えてみよう。

6月といえば、緑が日ごとに濃さを増し、さまざまな花が咲く季節だ。
そんな風景が雨に洗われれば、さらにみずみずしい彩りを見せる。
中でもひときわ存在感を見せるのが「アジサイ」である。

アジサイは日本にもともと自生していた「ガクアジサイ」が原種だ。
私たちがよく目にする球形のアジサイは「セイヨウアジサイ」で、日本原産のガクアジサイを改良した品種である。
花の塊というイメージがあるが、花のように見える部分は実は花ではなく「ガク片」が変化したもので、装飾花と呼ばれる。
この花びらのように見えるガク片の内側に真花がある。
ガクアジサイは中央に密集しているので分かりやすいが、球形のアジサイもガク片をかき分けると根元に小さな真花がある。

1つの株にひしめき合うようにたくさん咲くアジサイはなかなかの迫力。
よく見ると、同じ株の中に赤と青が混在している。なんとも不思議だ。

アジサイは土壌のpH(酸性度)によって花の色が変わることはよく知られている。
酸性の土壌では青、アルカリ性の土壌ではピンクや赤、中性から弱酸性の土壌では紫色といった具合だ。
この色を決めるのは、アジサイが持つ天然色素「アントシアニン」と、土壌に含まれる「アルミニウム」との化学反応である。
アルミニウムは酸性土壌によく溶け、アルカリ土壌では溶けないという性質がある。
本来アジサイの花は赤みがかったピンク色だが、土壌が酸性だと、根から吸収したアルミニウムとアントシアニンが反応して、アジサイの花は青色に変化する。

薄い赤や赤紫、濃いピンク、淡いピンク、濃い青から水色、青紫、薄紫などといった微妙な色の違いは、根が張った土壌のアルミニウム量の差を敏感に反映しているのだ。

土壌の性質が変わると色が変わる。
つまり、色が変わったら、土壌の性質が変わったというサインだ。
土の状態が植物に影響するというのも納得がいく。
普段何も考えずに踏みしめている土、眺めている植物、そこには限りない不思議が詰まっている。

肥料を用いて土の性質を変えることができる。
研究を重ね、色を変えたり、形を変えたり、実付きをよくしたり、人間はいろいろなことを可能にしてきた。
だが、人間が知っていることなんて、ほんの少し、ほんの一部でしかない。
知ったつもりでいることにも、まだまだ奥の深い未知なる世界がある。
雨に濡れたアジサイを見ながら、そんなことをあれこれ考える。

ところで、アジサイは別名「七変化」と呼ばれる。
開花してから日を追うごとに花の色が変化するからだ。
最初は花に含まれる葉緑素がまだ多いから、淡い黄緑色。この葉緑素は次第に分解され、消えていく。
花が開くにつれてアントシアニンが合成され、補助酵素もできて色素がつくり出され青や赤に変化し、鮮やかで美しい色を見せて咲き誇る。
そして、さらにその色は変化する。
青色の花も次第に赤みを帯び、色褪せ、最後は全部の色素が消えてくすんだ緑色になる。いわゆる老化である。
時期を過ぎたアジサイは、花の姿を残したままドライフラワーのような風情になる。

命あるもの全て老化は避けられない。
枯れた花を「秋色アジサイ」というらしい。
盛りを過ぎてもそんな素敵な名前を付けてもらえるなんて、うらやましい限りだ。