第43回 今こそ、リンゴを丸かじり

「リンゴ」をガブリと豪快に丸かじり、そんな経験はあるだろうか。
映画やドラマで目にしたことがあるかもしれない。
若さがはじけるような、青春のシンボルといった感じの一コマ、何となくそんなイメージだ。

丸かじりとまではいかなくても、子どもの頃は普通に皮ごと食べていたし、お子さまランチやパフェに皮がウサギの耳型にカットされたリンゴが添えてあるとうれしかったものだ。
昭和の懐かしい話だが、考えてみればあの時のリンゴは安全だったのだろうか?
もしかしたら農薬だらけだったのではないか?
もっとも、そんな意識も知識もまだ育っていなかった時代である。

農薬の恐ろしさが分かり、地球を守る、自然を守る、命を守るという観点から厳しい視線が注がれるようになった現代では、安心して丸かじりできるリンゴかどうかは大問題である。

リンゴを無農薬で育てることは非常に難しい。
もちろん今は、薬剤散布は厳しく定められた使用基準を遵守して行われ、安全が確保された作物しか販売することはできない。有機栽培に取り組むリンゴ農家も増えた。

かつて、化学的に合成された肥料や農薬を一切使わずにリンゴを育てるのは「不可能」といわれていた。
その不可能に挑戦し、完全無農薬、無肥料、無堆肥でのリンゴ栽培を可能にした人物がいる。青森のリンゴ農家・木村秋則氏だ。
取り組みを始めたのは1978年のこと。そして11年後の1989年、ついに世界初ともいわれるリンゴの無農薬・無施肥栽培に成功したのである。
……と、書くのは簡単なのだが、いかに険しく壮絶な戦いの末のことであったか。その記録は『奇跡のリンゴ 絶対不可能を覆した農家・木村秋則の記録』という本になってベストセラーになったし、映画にもなったので、ご存じの方も多いだろう。

豊かな生態系が息づく自然の状態で、リンゴが本来持っている生命力を引き出す。
そのための環境を整える。やることは、リンゴが育つための手助け。
観察して、試して、試しては失敗し、失敗してはまた観察し、試し、また失敗して、生きるか死ぬかの瀬戸際までいって、ついに見つけたやり方だ。

健康な土から健康な木が育ち、そして生命力の強い健康な実が育つ。
健康なリンゴは、食べる人の健康にも寄与する。
そういえば「1日1個のリンゴは医者を遠ざける」というではないか。

ガブリと皮ごと安心して丸かじりできる、そんなリンゴを一生懸命育てている生産者の努力を思うと、こちらはせめてガブリと噛める丈夫な歯を保つ努力をしようと思うのである。