「おいしい」とは何だろう。
例えば、ベランダで育てたミニトマト。売っているものに比べるとコクも甘みもいまひとつなのだが、なんだかおいしい。かけた手間暇と成長する過程を見た記憶が隠し味になる。
例えば、子どもが芋掘り遠足で収穫してきたサツマイモ。初めての体験に目を輝かせている顔が目に浮かび、もったいなくて食べられないと思うほど特別においしい。
夫が初めてチャレンジした料理だから「おいしい」。良心的な値段だから「おいしい」。記念日に行ったレストランのディナーが「おいしかった」。汗水垂らして登った山の頂上で食べたお弁当が「おいしかった」。
人が「おいしい」と感じる場面はとても多様だ。「おいしい」と感じさせるのは素材そのものの味なのか、シチュエーションなのか、情報なのか、それとも気持ちの問題なのか。
ともあれ、「おいしい」と感じて食べるほうが幸せに違いない。
さて、話題のグラスフェッドビーフ。従来の畜舎で高カロリーの穀物(Grain)を与えられて育つグレインフェッドビーフに対し、グラスフェッドビーフは放牧されて牧草(Grass)や干し草を食べて育つ。餌を探して動き回るので運動量も多く、引き締まったおいしい赤身となり、高タンパク・低カロリーである上に、牧草由来の栄養も取れるということで人気だ。
もう一つ、SDGs時代にあって、アニマルウェルフェア(動物福祉、家畜福祉)の観点からも関心を集めている。家畜にもストレスを与えずに育てることが社会的に求められているからだ。
注目すべきは、人が「おいしい」と感じる基準にそうした価値観が加わったことだ。家畜化は人間にとって都合のいいようにという発想から始まった。それが今、動物にとってはどうかという視点で見直され始めている。そんなわけで、グラスフェッドビーフは健康意識や動物福祉への意識が高い人たちに嗜好され、ブームとなっている。
日本ではグラスフェッド農家はまだ非常に少ない。何しろ放牧して育てるためには広大な土地が必要になる。狭い日本で実現するには課題がたくさんあり、なかなか大変だ。それでも、時代が生んだ選択肢の一つ、チャレンジチャンスの一つとなるかもしれない。
霜降り肉が好きな人にとっては物足りないだろうが、健康志向の人にとっては赤身の低カロリーの牛肉が「おいしい」のだし、伸び伸びと幸せそうに牧草を食べている光景を想像するだけで「おいしい」のだ。
おいしいと感じる感覚は人それぞれ。おいしいと思わないものを食べ続けるのはつらい。
さて、あなたにとって「おいしい」ものはどんなものだろうか?